2011年が暮れゆく。
3.11がすべてだった1年。思い出したくないこと、忘れたいことは枚挙にいとまがない。それでも、それ以上にたくさんのたくさんの「忘れてはいけない大切なもの」を、わたしは受け取った気がする。年の瀬のいま、それをいくつか書き出して記録に残すことで、2012年に歩みを進めたい。
3.11がすべてだった1年。思い出したくないこと、忘れたいことは枚挙にいとまがない。それでも、それ以上にたくさんのたくさんの「忘れてはいけない大切なもの」を、わたしは受け取った気がする。年の瀬のいま、それをいくつか書き出して記録に残すことで、2012年に歩みを進めたい。
3.11の被災直後。避難所では人々が、ひとつのおにぎりを分け合って食べた。
「いのちは分かち合うようにできている。分かち合いながら、つながれていくのだ」というこの世の定めを目の当たりにし、心が震えた。
沢山の支えあいの中で、「誰かのために、何かのために」と外側に意識が向いた時の自分が、最も生きる力に満ちるという実感を持った。
その後、それらの大切な気付きを伝えようと、全国各地で行った「被災地の心を伝えるお話会」での体験も忘れがたい。小学生を前に講演した時、彼らの存在が自分を超えるように大きくなり、自分が小さくなっていく感覚を覚えた。
「そうだ、10年後、20年後に復興がなされたときの主役は、この子供たちなのだ」という自分自身の気付きが声となって心の中でこだまし、「この子たちにバトンを渡す役として、今を生きる大人としての責任をしっかり果たしていこう」と決意した。
しかし、こうした実感は一方で、復興が進み日常が取り戻されていく中で少しずつ摩耗し、薄まっていったのも事実だ。
「震災や津波の記憶を風化させてはいけない」との叫び同様、あの時心が感じた大切なもの─例えば「人はひとりでは生きていけない」という実感や、他者に対して向けられた良心的な心の動き─などは、しっかりと胸に留め、行動として未来に引き継いでいきたい。それが生き残った者の責任であると思う。
また、復興の歩みの中で感じる小さな葛藤やジレンマも、忘れてはいけないものなのではないだろうか。
例えば、震災後数週間目でぶつかった葛藤は、こういうものだった。
仙台市内のあるスーパーが、24時間営業を再開した。
わずか半月前、真っ暗な室内で、ろうそくの明かりに肩を寄せ合った者にとっては、四六時中こうこうと明かりがつくことには、少なからず違和感と抵抗があった。
「24時間店を開けていないと、人は生きていけないの?」「あの不便さとありがたさを痛感した被災地の人間だからこそできる提案や復興のかたちがあるのではないか」
そんな思いが、再開の喜びや感謝の思いとあいまって、複雑な心持ちになったことを思い出す。
復興のスピードを上げていく必要がある一方で、「今一度立ち止まって、自分たちのライフスタイル、生き方について考えてみる必要もあるのではないか」。そんな事を思った。
同じ違和感はいま、師走の被災地の夜を彩る沢山のイルミネーションを見ても、持ち上がってくる。
非常に、非常に複雑な思いである。
大きな喜びの中にある、小さな小さな葛藤。
胸の中のザラつきを、すべて「感謝」の言葉でかき消そうとする自分もいるが、そうした小さな心の揺れこそ大切にしたいと思う自分もいる。
しかし、そんな葛藤の堂々巡りも、心が震える感動も、全ては未来につながる大切な気づきの種だと信じたい。
悩みながら、つまずきながら…。
大事なのは、目をそらさないこと。
そう信じて、自分の中に息づく種をしっかりと育てていきたい。
ああ、無数の生と死が交差し、幾多の喜びと悲しみが積み重なった2011年が、暮れ行く。
(仙台市・言の葉アーティスト 渡辺祥子)
「いのちは分かち合うようにできている。分かち合いながら、つながれていくのだ」というこの世の定めを目の当たりにし、心が震えた。
沢山の支えあいの中で、「誰かのために、何かのために」と外側に意識が向いた時の自分が、最も生きる力に満ちるという実感を持った。
その後、それらの大切な気付きを伝えようと、全国各地で行った「被災地の心を伝えるお話会」での体験も忘れがたい。小学生を前に講演した時、彼らの存在が自分を超えるように大きくなり、自分が小さくなっていく感覚を覚えた。
「そうだ、10年後、20年後に復興がなされたときの主役は、この子供たちなのだ」という自分自身の気付きが声となって心の中でこだまし、「この子たちにバトンを渡す役として、今を生きる大人としての責任をしっかり果たしていこう」と決意した。
しかし、こうした実感は一方で、復興が進み日常が取り戻されていく中で少しずつ摩耗し、薄まっていったのも事実だ。
「震災や津波の記憶を風化させてはいけない」との叫び同様、あの時心が感じた大切なもの─例えば「人はひとりでは生きていけない」という実感や、他者に対して向けられた良心的な心の動き─などは、しっかりと胸に留め、行動として未来に引き継いでいきたい。それが生き残った者の責任であると思う。
また、復興の歩みの中で感じる小さな葛藤やジレンマも、忘れてはいけないものなのではないだろうか。
例えば、震災後数週間目でぶつかった葛藤は、こういうものだった。
仙台市内のあるスーパーが、24時間営業を再開した。
わずか半月前、真っ暗な室内で、ろうそくの明かりに肩を寄せ合った者にとっては、四六時中こうこうと明かりがつくことには、少なからず違和感と抵抗があった。
「24時間店を開けていないと、人は生きていけないの?」「あの不便さとありがたさを痛感した被災地の人間だからこそできる提案や復興のかたちがあるのではないか」
そんな思いが、再開の喜びや感謝の思いとあいまって、複雑な心持ちになったことを思い出す。
復興のスピードを上げていく必要がある一方で、「今一度立ち止まって、自分たちのライフスタイル、生き方について考えてみる必要もあるのではないか」。そんな事を思った。
同じ違和感はいま、師走の被災地の夜を彩る沢山のイルミネーションを見ても、持ち上がってくる。
非常に、非常に複雑な思いである。
大きな喜びの中にある、小さな小さな葛藤。
胸の中のザラつきを、すべて「感謝」の言葉でかき消そうとする自分もいるが、そうした小さな心の揺れこそ大切にしたいと思う自分もいる。
しかし、そんな葛藤の堂々巡りも、心が震える感動も、全ては未来につながる大切な気づきの種だと信じたい。
悩みながら、つまずきながら…。
大事なのは、目をそらさないこと。
そう信じて、自分の中に息づく種をしっかりと育てていきたい。
ああ、無数の生と死が交差し、幾多の喜びと悲しみが積み重なった2011年が、暮れ行く。
(仙台市・言の葉アーティスト 渡辺祥子)













被災地の皆さんの不安が、落胆に、絶望に変わりませんように。