津波

Kさんの思い出

私は、仕事で宮城県石巻市の裁判所に行くことがある。待合室に通されると、石巻の裁判所で一緒に頑張ったKさんのことを思い出す。

Kさんは、石巻で内装工事の会社を経営していたが、昨年の東日本大震災の津波でかえらぬ人となった。

Kさんが亡くなったことを知ったのは、昨年12月。Kさんの事業を引き継いだ親族の方からの電話だった。Kさんの遺体は事務所の近くで発見されたという。
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障害者プロレス「ODAZUNA」

 仙台市の障害者プロレス団体「ODAZUNA(おだづなー)」は、プロレス好きな障害者とその仲間が作っている。

 「障害者がプロレス」って言うだけで、「何それ!」と思われてしまうが、「障害者だってやりたいことをやって何の不都合があるものか!」と、真面目にふざけている。

私は一応障害がないといわれている立場なので、団体の試合の際は実況を担当しならが自身も熱いファイトを楽しませてもらっている。
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震災という「バリア」を乗り越えて

障害のある人もない人も一緒に音楽を楽しみ、音楽の力で心のバリアフリーを目指す「とっておきの音楽祭」(http://totteokino-ongakusai.jp/ )。全国からのたくさんのご支援とご協力で、今年の11回目を終えることができました。

今振り返ると、悪夢の震災から音楽祭当日までの86日間は、まさに怒涛のような日々でした。
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はじめまして。  ―わたしたちの被災記録

2011年3月11日、午後2時46分。わたしたち家族は、気仙沼市にいました。

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来し方、行く末 ─被災体験を超えて

あの日、あの時まで、宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)に住み、働いておりました。

名取川沿いの閖上2丁目の本店で「尋常ではない揺れ」を感じ、主人のいる五丁目の本社、義父母の自宅、また本店、そして自宅と、同じ閖上集落の中にあった関係先をぐるぐる車で見回りました。

再び本社に向かう途中の車中でのことでした。ふと耳に入ったテレビ音声はこう伝えていました。

「(宮城県)女川に9メートルの津波が押し寄せました!」

アナウンサーの声は緊迫していました。
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3.11は生きている地球の為せる必然

地震津波など過去幾多の自然災害に向き合い、地球の活動と折り合いをつけて「いかに生きるべきか」の教えを受けてきたはずの人間。

3.12、石巻市の日和山から、灰煙に覆われる3.11被災現場を臨んだ時、止めどなき進歩の崖っぷちに立つ思いと、拠って立つ足場のない絶望とに同時に襲われた。

豊かさや便利さを追求し「進歩」のための技術革新を推進し続けてきた近現代の指導者は、過去の自然災害の教えに「行き過ぎた進歩の危険」を学ぶことなく、地球の許与範囲を超えた開発を繰り返してきた。
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暗躍農家の自己紹介

はじめまして。
障害者の就労継続支援NPOで農作業と食育支援有機八百屋運営に関わりながら、
環境保全の市民組織に参加しつつ有機農業を営んでおります、宮城県名取市の三浦隆弘と申します。

河北新報朝刊のコーナー「食でつなごう」では、宮城県内外の食と農をつなぐ取組みを紹介させて頂いておりました。

仙台空港からも程近い当地は、地震、津波による水利施設の大破により今期は水田での稲作作業全てを自粛。
被災地域では復興組合が組織され、流入ガレキ拾いや除草剤散布作業、除塩稲作栽培試験に、畑作中心という作業工程となりました。
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オピのおびとは

「オピのおび」は「オピニオンの帯」。東北から発信した意見が、太い帯となって世界に広がっていくようにとの願いを込め、「東日本大震災」から半年となる9月11日、新たなオピニオンサイトを立ち上げました。
東北在住の執筆者たちが、ある時は震災からの復興プランやこどもたちの未来について、ある時はそれぞれの専門領域を生かして、メッセージ性に富んだブログをつづっていきます。河北新報社が運営します。

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